手を伸ばせば、なんて嘘だよ。
本当はずっとずっと、遠くにいる。







このきらきらした一瞬をぎゅっとガラスの壜に閉じ込めてしまえればいいのに







「・・・またいたの」


いつものように私の部屋にいる彼に、呆れて溜め息を落とした。視線を向けた先にはベッドで眠る幼馴染みの姿。彼は何かと私の家の私の部屋に来ては、私が帰ってくるころには待ち草臥れてベッドで寝ている。もういつものことだからいい加減慣れたようなものだけれど最初の頃は「何してんだ」と怪しげに思っていた。だってそう思うのが普通だろう。帰ってきたらベッドで男が寝ているなんて、明らかにおかしい光景だ。まぁそれが幼馴染みだから許されるのかもしれないけれど。だからって、これはどうなんだろう。


「ったく、無防備に寝てるし」


別に困ったことがあるわけじゃない。ただ多少、私の心臓が持たないだけだ。晶とは小さい頃から一緒だった。ずっと彼を見ていた。ふとした瞬間に笑う彼が、とてもすきだった。恋愛感情を抜きにしてだって。―『一緒に居たからこそ、遠いということも有り得るんだよ。』―そう、友達に言われた言葉を思い出して自嘲気味に笑った。

(・・・そんなこと、私が一番知ってる)

いつも近くから見ていた。それは一番遠くから見ていたことも同じようなものだ。触れることもなければ、それ以上に近づくこともない。でも私はこれでいいと思っていた。この距離が一番気楽で何にも苦しむことはない、だから―・・・。

―ポタ、と涙が溢れて落ちた。

今はいいだろう、それで。遠くもない、近すぎることもないこの距離があるから。でも・・・例えば、中学を卒業したとしたら?どんどん離れていってしまうのでは無いか。そうすれば接点もないし話す理由だってない。どんどんと遠くへ行ってしまう一方であるに違いない。


「・・・―っ」


ぐす、と鼻を啜る。一度溢れた雫は止まることを知らなくて頬を伝いいつのまにかシーツをも濡らしていた。もし晶がここで起きたとしたら今の私を見てどう思うんだろうか。そんなことをふと考えたが考えるまでもなかった。彼は私の涙に気付かぬくらいに熟睡しているから。―私の手は無意識に彼の髪へと伸びていて躊躇うように触れた。少し癖のある髪をピンと引っ張ってみる。起きる気配もない。髪を触る反対の指で涙を拭い、彼がいつ起きても構わないように備えた。

(すきだなぁ、)

心の中で何度も何度も呟いた言葉。彼に伝えたことは一度だってない。―否、伝えられないの間違いか。怖くて踏み出せない。踏み出す勇気だって私には無いから。想うことはいくらだってある。すきだとか遠いとか離れたくないとか―君は、誰を見てるの?―とか。



「何してんの?」


「・・・っ、晶、・・・?」


急に開いた彼の瞳に少しだけ後退りする。いつから起きていたのだろうか。私を見上げる瞳は少しだけ真剣な気がした。

(・・・少し、だけ?そんなわけない。)



「別、に」
「嘘つけ、どもってる」


こういうときだけ嫌な位に鋭くなる。芹伽、と言葉を続けて彼は押し黙った。目を逸らす私に、ひたすらと私を見つめ続ける彼。―その瞳が怖かった。何一つだって伝えていない想いを、吐いてしまいそうだった。髪の毛を触っていた指を握られて真剣な瞳をされて―私は動くことすらままならない。


「何でも、ないってば!」
―少し強く言い放ったら驚いたのか彼は手を握る力を緩める。その隙に、ばっと手中から逃げ出した。

「・・・芹伽?」
何で泣いてんの、言葉はそれ以上は続かなくてベッドから降りた私を晶は起き上がってじっと見下ろす。その視線は相変わらずも怖くて逃げようとした視線を無理矢理合わされる。泣きたくない、泣きつづけたい、どちらともいえない想いが心の中で留まっていた。


「・・・ばか、泣くなって」
「うるさいっ泣いてないもん」
「それが泣いてないって言うなら何て言うんだよ」
「・・・うー・・・」




・・・優しく頭を撫でる手が酷く愛しくて。それさえ言えないもどかしさ。
『すき』だと言えないのなら、いっそ忘れてしまえればいいのに。
このキラキラとした想いを、忘れてしまうのは少し物足りない気もするけれど。
それで私が君のことをすきだという気持ちを忘れてしまえるのならそれでもいい。





今はこの距離を保っていたい、彼の笑顔を見ていたい。
伝えることによって気まずくなるのは嫌だ。


私が泣いてしまうたびに笑いながら撫でてくれるその手を、まだ失いたくないから。




手を伸ばせば、なんて嘘だよ。
本当はずっとずっと、遠くにいる。





そして、触れ合い笑い合う今だって、それは変わることはないんだ。















ロングタイトル、より08。
やたらと長いタイトルです。スイマセン。笑
因みに部活の文集に出した物の1つ。思いっきり恋愛物ですよ…(フ)
ヒロインは芹伽(せりか)、ヒーローは晶(あきら)でした☆
2005/03/10