愛する人がいなければ、私はもう生きてゆけない。
「ノブ・・・何で?どうして?!」 「依菜ちゃん・・・っ」 高校一年生、ずっと付き合っていた恋人はこの世を去った。 彼の寝顔は安らかで、見ていて怖くなる。 あたしはもう二度と、恋なんて出来ないと流れる涙に触れて思う。 ―愛するあなたがいなければ、生きていけないあたしは弱い? * * *
「彼氏亡くしたらしいよー、あの子」 「え、マジ?」 「マジマジ、何か交通事故で死んだんだって」 クラスメイトの気づかう様子もいちいち噂になるのも鬱陶しくて仕方ない。 だから何だって言うの? あたしが可哀想? そんな同情、あたしにはいらない。 クラスメイトにも噂にも飽き飽きして、誰もいないであろう屋上に向かった。 壁に身を預けて、ぐっと自分の足を抱く。 そうして呟いた言葉は、あたしにしか分からないようなほどの音で。 「・・・何でいなくなっちゃったの?」 堪える涙が痛い。 「同情なんかいらないわよ、関係もないくせに・・・っ」 俯いたまま出した感情の言葉は誰にも受け止められないと思っていた。 なのに、次の瞬間その考えは脆くも崩れ去っていく。 「せっかくの同情、そんな言葉で踏み躙っちゃうんですか?」 「・・・は・・・?」 頭上から、声が聴こえた。優しくて、心地良くて。 亡くした恋人の声のようにも聴こえた。 ・・・それでも、その声は彼のものじゃない。 彼はもういないのだから、・・・。 それにしても、屋上で毒づいているところを聞かれるなんてあたしも相当間抜けだなぁ、なんてふっと笑いが込み上げてくる。 それと同時に顔を上げて声の主を探そうとしたが、探す間もなく目に入った。 ―男だ。 「・・・誰?」 「あ、申し遅れました。俺、吉住圭っていいます。・・・久野依菜さんですよね?」 「そうだけど、」 変な奴、それが圭の第一印象だった。 変というのは失礼なのかもしれないけれど、思考回路が回らない状態だったし、率直に考えた結果がそれだったのだから仕方ない。 「・・・一年、よね」 「ええ、そうですよ」 圭は同い年なのに、敬語で話していた。 「やめなよ」と言ったら「クセなんです、敬語」と返す。 敬語は別に構わなかった。 でも、圭のそれはどこか泣いてしまいたくなるくらい優しくて。 怖かったのかもしれない。 ―泣いてしまうのが。 「でも、何であたしのこと知ってたの?」 「有名ですよ、依菜さん」 「・・・ああ、そういうことね。どうせノブ絡みでしょ」 そう、どうでも良さそうに言うと圭はクスリと笑った。 ムッとして圭を睨むと更ににこりと笑う。―どうしてコイツ、こんなに優しい顔して笑うんだろう。 「そうです、ノブさん絡みです。でも、」 「・・・何よ」 「俺はあなたに興味が湧いたんです。明日も来てくれませんか?ノブさんと依菜さんの話が聞きたいんです」 何を言う出すのかと少し顔を歪ませたが、相も変わらずニコニコと笑うものだからどうしようもなく泣きたくなった。 「・・・バカ」 「え?!」 少しだけ目を伏せて言うと、彼は慌てた。 その様子がおかしくて思わず吹き出したけれど、それと同時に溢れてくる涙は止まらない。 「来ないよ、バカ」 顔を手で抑えて圭には聞こえるように、声を出す。 圭の表情は見えなかったけれどきっと笑っているのだろうと思った。 「・・・はい」 優しい声が、心地良かった。 * * *
次の日の放課後、屋上を訪れると彼はそこにいた。 フェンスに手をかけて、空を見つめている。 思わず空を見上げて、太陽の光に目を細めた。 「わぁ・・・っ」 その空の眩しさに、それ以外の言葉は出なかった。 ノブがいなくなってから、空を眺める機会など減っていた気がする。 ・・・否、確実に無かった。 ノブは空が好きだったから帰り道によく二人で眺めて笑っていたことを思い出す。 ―懐かしさと同時に遣る瀬無さが襲ってくる。 「依菜さん、やっぱり来てくれましたね」 「・・・仕方ないから来てやったのよ」 「それはそれは。どうもありがとうございます」 くすくす、笑う声が聞こえた。 冗談なのか、本気なのかは自身でも分からないけれど。 もしかしたら、彼に会いたかったからここに来たのかもしれない。 「・・・本当、バカみたいよね」 「え?」 「空、見るたびにノブのこと思い出すのよ」 「・・・ノブさん、空好きだったんですか?」 「そう。凄く空が好きでね、晴れた日だって曇だって、どんな天気だって綺麗って言うのよ・・・変よね」 ふふ、と力無く笑って圭の隣りに来てはフェンスを背もたれにして腰をおろした。 空はやさしい色をしている。 ―――そうだ、ノブはどんな日だって空を見上げて「綺麗だ」と言っていた。 ・・・あたしには、その真意はわからなかったけれど。 「変じゃないですよ」 「―え?」立ったままの圭が、笑っているわけでもなく、それでいて穏やかな表情をして言う。 声は変わらないのに、何かが変わったように雰囲気が変わった。 「ノブさんはきっと、こう言いたかったんですよ。空は毎日表情を変えるから。 だから、一日だって一瞬だって同じ表情は無いんだって。 毎日変わる表情が綺麗だって・・・。 俺もそんな空がすきですよ」 「・・・―」 言葉を失った。 ね?―にっこりとお馴染みの顔で笑う圭は何故か、不思議なほどにノブに似ている。 やさしいところ、空がすきなところとか。 あたし、圭と居るときは安心できる。どうしてだろう。 ノブにはない安心感が、圭にはあるんだ。 もしかしたら、圭がいなきゃあたしは今でもノブを想って泣いていたかもしれない。 癒えていくの、あなたを失ったかなしみが―信宏。 * * *
それから一週間、あたしたちは放課後屋上で色々なことを話した。 ノブとのこと、圭のこと、あたしのこと。 ノブとのことは一週間で全て話し尽くした。 最後は結局、彼は居なくなる。 わかっている。 わかっているのに最後、話し終えるとあたしは圭の肩で泣いた。 「ねえ、依菜さん」 「・・・ん?」 圭から話し出すことは珍しくなかった。 どちらかというと、あたしから話すほうが珍しかったかもしれない。 でも、泣いているときに圭が話し出したのは初めてで、肩から顔を上げるとひどくやさしい顔がそこにはあった。 やっぱり、彼はノブに似ている。 「依菜さん、俺、」 「・・・?」 「俺、依菜さんのことがすきです」 「・・・へ・・・?」 急に出た言葉に、流石のあたしも驚いた。 けど・・・あたしの心は決まっている。 きっとそのときのあたしの気持ちを、圭も分かっていたと思う。 「・・・ごめん・・・あたし、やっぱり・・・ノブのこと忘れられない」 「・・・そうですか・・・そうですよね、」 悲しそうな顔はそう言うと、すぐに屋上から去っていった。 「・・・何、やってんだろ・・・あたし」 きらいではない。むしろすきだ。そして、感謝している。 あたしがノブを失った悲しみからここまで笑えるようになったのも、何もかも彼が居たからだから。 目に涙を溜めては、圭の居た場所に手を伸ばして。 ぐっと手を握ってそこには誰もいないことを思い知る。 ノブが死んだときのようだ。―あたしはまた、ひとりだ。 「どうして・・・。・・・え、・・・?」 ・・・あたしがあのときみたものは、幻覚だったのだろうか。 けれど・・・確実に、そこには彼が居た。―信宏、が。 『・・・依菜』 「・・・ノ、ブ?」 半透明な身体を浮かばせている、ノブが。 そこにいた。顔には―私の大好きな笑顔を携えて。 『ずっと見てたよ、一週間。全部』 「・・・ノブ・・・」 『依菜、俺を忘れられないって本当か?』 「う、ん・・・多分・・・」 『それじゃ駄目だよ、依菜。その気持ちはきっと嘘だ』 「な・・・っ?」 ノブの身体が最初より、薄くなっている。 ―もう少しで消えると、そういうことなのだろうか。 『すきだよ、依菜』 「・・・あたしも、だよ・・・?ノブ、」 『だから、依菜はちゃんと愛してあげなきゃ。いつまでも俺に捕らわれてちゃ駄目だよ』 「―・・・」 そしてノブは、空気に、空に混じるように消えた。 「・・本当の、気持ち・・・?」 ノブとそっくりな雰囲気を持つ圭。 空が好きで、優しい圭。 誰よりも、そばにいてくれたひと。 ま、さか―。 気付いてしまうより早く、あたしの足は圭の元へ向かっていた。 ―・・・やっぱり、そういうことなんだね、ノブ。 「圭・・・っ!」 「・・・依菜さん?どうかしたんですか?」 何よ、何も無かったようなふりして。 あたしなんてそういうときは大泣きしてたわよ。 ・・・でも今は、そんなことを言いに来たんじゃない。 「あの、ね」 「はい?」 心臓は無駄に高鳴りしている。緊張している証拠だ。 きっとあなたもそうだったんだね、圭。 「・・・すきだよ、あたしも・・・圭のこと・・・っ」 「依菜さん―」 「ノブが気付かせてくれたの。私の本当の気持ち」 「・・・そう、なんですか」 大丈夫。今なら素直になれる。そうおもえたの。 「・・・よかった・・・」 圭の顔は少し赤くて、嬉しそうで。 私まで嬉しくなってまた涙を流した。 圭は似てる。ノブに。 だけど圭は一人しかいない。 そして、ノブも・・・一人しかいないんだ。 まだ重ねてしまうところもあると思う。 ・・・・けど、あたしはちゃんと圭がすきだよ。 ノブ、見てる? あたし、あなたと似ている人を見つけたよ。 そしてね、すきになった。 ・・・大切だよ。 信宏、あなたも。 あなたによく似た圭のことも。 誰より何より、大切だから。 あなたは眠ってね。安らかに。 ―「愛してた、よ」。 |