それは たった一瞬だけの 想い出。 それは 私にとって 一生の 想い出。 いい加減にしろ。と言いたくなるようなこの世界に、何度嫌気が差しただろう。 それでも今、生きているのはあの人のおかげで。 あの人は今、私のそばには居ないけれど。 ただ、あの人が生きている限り私は生きているような気がする。 ― すきなんです ― あのとき口にした言葉はすぐに風に消え去った。 「おめでとう」― そう言ったあとすぐに呟いた言葉は、二度と戻らない。 忘れたいけれど忘れられない。 不思議なくらい存在感のあるあの人は、私の想い人だった。 * * * 「結婚?」 「そう、結婚」 したいのか、とふっと思ったけれどどうやら違うらしい。 私の友人であったあの人は結婚してみたいかどうかを私に聞いたみたいで。 ― 現実…十七歳、しかも相手もいないのに結婚できるわけがないのだけれど。 あの人は本気で聞いていたのだろう ― 目が本気だ。 「したい、とは思わないかな」 「どうして?」 「うーん、すきな人が居るから」 “すきな人が居るから?” 私の言った言葉を繰り返して聞き返すあの人を見て、微かに笑った。 そりゃ確かにすきな人が居るなら結婚したいと思うのだろうけど。 私は違う。 「結婚、したいと思わないんだ。その人と?」 「・・・したいけど、したくない・・・みたいな」 「・・・何ソレ」 呆れかえった見つめたあの人に、苦笑いをこぼした。 ― 上手く説明できない、この想いだけは。 ただ真実はそれだけなのだ。 “すきなひとはいるけれど、結婚はしたいと想わない” 「結婚したらそれで終わりそう、だからかな。 いつまでもすきでいられるとは限らないでしょ」 「・・・ふーん」 向かい合って、机を挟んで喋る ― あの人は頬杖をしたままの体勢から変わることは無かった。 * * * 「結婚、するの?」 「そう、するんだ」 始めは驚いたけれど、よく考えてみれば三年前 ― 17歳のときにはもう、あの人には心に決めた人がいた。 20歳という節目の年齢だから。 そんな理由で結婚を決めてしまうあの人は、それこそ幸せそうな顔だった。 高校も卒業し、会わなくなってから二年ほどだろうか。 会わなくても連絡は取り合っていたし、私の家も知らないわけがなくって。 それでも突然の訪問には驚いた。 しかも、それが結婚の報告。 私に言いに、わざわざ家まで訪ねてきてくれたのは嬉しかったけれど、会って直に告げられたら受け止めるしか方法が無い。 ・・・それが、さみしかった。 「そっか、おめでとう」 「・・・ありがとう」 ふわり、と春の風があの人の髪を揺らした。 それはきっと私もなのだろうけど、あの人の髪が揺れるのを見ていると何故だか安心する。 ― 三年前、あのときのようで。 「なぁ、」 「ん?」 「・・・すきなひとって、誰だったんだ?」 聞かれたくなかったこと、聞かれてしまっても答えられなかったこと。 すきなのはあなたです ― と言ったところで変わるわけもないし、どうしても言えなかった。 「 内緒 」 ふふ、と笑って紅茶を一口飲みながら話を続ける。― それはどこか、切ない味。 そんな私を見てあの人は少し黙り、また、いつものように話した。 内緒。 言えないんです。 わたしはあなたがすきでした。 なんて。 忘れたいけれど忘れられなかった。 それほどまでにあの人の存在は大きかった。 あの人を失った悲しみは大きかった。 あの人を手に入れたかった。 ・・・愛してた。 私は幸せだったから。 今度はあなたが幸せになる番だよ。 今なら笑顔で祝える。 「おめでとう」 そして、ね・・・? 「 」 忘れない、忘れられない。 あなたにとって、私は何だった? 私にとってあなたは、愛すべき人。 愛すべき人、そして。 一番の、大親友。 忘れたい、忘れられない。 忘れない、愛していたから。 |