ぶっちゃけた話、テストなんて身が入らなかった。
・・・つーか、テスト勉強ちゃんと出来なかったし。





エトセトラ ♯10





「・・・やべぇ、今回最悪。本気でちょっと危ういかもしれねぇ」
「・・・大丈夫、俺もだ」
ぽん、と肩に手を置かれて二人で苦笑する。正直言っていつも危ういところなんだが、今回はまた一段とヤバい。といっても、最近は二人して主席・次席に面倒見てもらってたから何とか乗り切れたわけで。要は今の状態はそう言う面でも『…』な感じなのだ。人のことを気にしてる場合じゃないほどバカってことを、俺は忘れていた。

「真のバカよね」
「・・・小波」

お前は読心術でも会得しているのか、と口から出そうになった言葉を寸前で止める。そんなこと口を滑らせてしまったら、またバカと言われるに違いない。―相手は小波だ。(最早由紀さん凄い存在)

「まぁアンタ達のテストなんてどうでもいいのよ」
「「・・・(何つー酷い人)」」
「本田、ちょっと来なさい。洋介も」
「・・・は?」


断ることなんて出来ずに、俺はどうしてだか馴染みのある洋介宅へと連れて行かれた。






「・・・で。一体何なわけ?」
「本田。本題入る前に質問よ。」
そういって言葉を切った小波は、いつも通り冷静な顔をしていた。だから、これから言われることだって大して大事だなんて思っていなかった。―この時は。


「私はどうして自宅じゃなくて洋介の家を選んだんだと思う?」


先ほどの言葉からして、それは俺に対する問い掛けだ。でも、唐突過ぎるその言葉に、口がポカンと開いたまま俺は止まってしまった。頭の良い奴が考えていることはよくわからない。―それは、小波の言う『本題』と関係してくるのだろうか?

「―・・・?」
「あのね、本田」
「何だよ」


呆れた顔をしてテーブルに手をつく小波は、先ほどと打って変わって少し悲しそうな顔をしていた。『バカ』でも、それ以外の俺を罵る言葉が次に出てくるわけじゃないと、その表情を見てふっと悟った俺は、それこそ珍しくちゃんと彼女を見つめた。

(・・・どうして、そんなこと)




わからなかった。
否、“認めたくない”の間違いだろうか。
本当は少しだけ勘付いていた。
どうせ、というよりも“やっぱり”本題の内容は確実に“彼女”と関係してくるのだ。
よくよく考えてみれば、当然ではないか。
誰よりも“彼女”を理解している、そんな人間が今の状態の“彼女”を見て、俺に話を振ってこないわけが無い。

そう、言ってみれば当然のこと。
そして、それだってもっと前にあってもおかしくない話。


「私の家じゃ、万が一桜が来たら誤解されるからよ。洋介の家だったら流石に来ないでしょうし。・・・言ってる意味、わかる?」


確かに、小波の家じゃ“彼女”が来たって誤魔化しようがない。

「・・・つまり、木川に聞かれると困るハナシ?」
「そうよ。桜に聞かれると、・・・またあの子は悩みかねないわ」

ふう、と小さく溜め息をついた。
(―・・・ああ、そうか)

気付くのが遅いっつーの、俺。こんなにも疲れきった小波なんて初めて見るじゃねーか。きっと、木川が悩み出したら止まらないのを知っているから。知っているから、彼女なりに気をつかっていたんだ。いくら“親友”と呼ばれる間柄でも、毎日がそれでは気疲れもするだろう。

(・・・俺が・・・)

―俺が、決めるのが遅いばかりに、木川どころか周りの人間にも大きな迷惑をかけていたんだ。小波だって、洋介だって、そう。


「・・・」
「まだ、わからない?」
「え、」
「それだけあの子のことを気にかけているのに、まだ気づかないのかって聞いてるのよ」

小波は少しだけ強く言い放った。
今まで見たことの無い表情。
隣にいる洋介でさえ驚いて固まっているのだから本当に珍しいのだろう。
いつも強い人間だと思っていた彼女が、涙を浮かべている―。


「こ、」
「もう、あの子を解放してあげてよ・・・あんな桜、私見たく・・・ない―・・・っ」
「・・・ごめん」





謝ったって、仕方ないのに。
でも、それでも、俺には謝る術しかなくて。
(どうして、)
―どうして、苦しめることしか出来ない?
合月だって、小波だって。  木川だってそうなんだ・・・。






「本田、」
「・・・ハイ」
「十日、待つわ」
「へ、」
間の抜けた返事をした俺に、悲しい笑い。
「十日待って、本田が桜に何も言わないなら―」




―桜にはもう、近づけさせないわ。




ずしんと、何かがのしかかったような重さを感じた。・・・気がした。


「由紀・・・それは、」
「洋介は黙ってて。どう?本田」
「・・・・・・」

言葉が出ない代わり、涙が溢れた。

「・・・返事はそれでいいわよ、もう」

そして、ぐっと涙を拭ってから精一杯に笑う。






「受けて立とうじゃん」









「・・・どうにか、なるか・・・?」

二人と別れたあと、暗くなった道を歩きながらふと感じたこと。
小波の気持ちでさえやっと気づいた俺がどうにか出来るのだろうか。






十日間。




俺は、答えを見出せるのか―・・・?