伝えるつもりだった。
まだ踏み切れないところがあるとはいえ、ちゃんと言う気はあった。

―――でも、来られるとなると、

・・・・・・やっぱり少し腰が引けるわけで。





エトセトラ ♯13





「いるけど、何?」
『〜〜〜・・・』

由紀は唐突に掛かってきた水口との電話を若干驚きつつも冷静に話していた。話が進むにつれ由紀の顔はだんだんと電話を受けたときのような驚きとともに呆れも入り混じった表情になる。(どうしたんだろ・・・水口また何かしたの?!)もちろん、由紀と水口での間での電話の会話だから、私には聞こえるはずもなく。私は由紀の言っていることから会話の内容を推測するしかなかった。―いや、こんなこともしていいものではないのだけれど。

「わかった、部屋にいるから連れてきて」
『・・・・・〜〜〜』


ぼけっと部屋の一点を見つめていると、電話が終わったようで由紀がちょっと悩んだような表情で俯いて溜め息を吐く。

「・・・どうしたの?」
「・・・、桜」

ごめん、落ち着いて聞いてね?―と前置きして由紀は苦笑いする(由紀が謝るなんて珍しい)。失礼なことを思いながら(これでも自覚はある)訝しげに由紀の顔を覗き込む。

「何?どうしたの?」

水口が何かしたの?!―なんて、冗談も言ってみたけれど、どうも違うようだ。

「・・・本田、」
「へ?」
「本田、来るって」

・・・多分、物凄く、このときの私の顔は間抜け面をしていただろう。自分でも分かる。それくらいに、驚いたんだ、本当に。私は由紀の言っていることを信じられないというか信じたくないというか、そんな気持ちでいっぱいなあまり、




「・・・・・・は?」




と、顔を歪めてしまった。そんな私に由紀は少し呆れ顔で「いや、だから、来るって」と言う。わかってるよそれは!私が聞きたいのはどちらかというと「何で?」ということであって―――・・・。

「な、なんで・・・」
「なんでって・・・先手必勝?」
「勝ち負けじゃないでしょおー?!」

泣きそうになる。というか、何かもうごちゃごちゃだ。だって、由紀も混乱して先手必勝とか言っちゃうくらいだもの。勝ち負けじゃないよ、本当に・・・。そこを理解出来てるってことは、私はちゃんと本田が何を言いに来るかわかってる。
(やっぱり、焦っちゃったか・・・)
心の中で少し苦笑いをして。本田はまっすぐで、きっと思いつめたら何でもかんでも悩んじゃうタイプ。馬鹿みたいに悩んで、苦しむんだ。思ったとおり、私たちはよく似ている。


でも、とにかく。



「〜〜〜〜、あー、もう!由紀!!」
「・・・は?!ちょっと、逃げるつもりじゃないでしょうね?!」
「うん!!」
「うんじゃないわよ、あっ、ちょっと待て!」


私は由紀の部屋から飛び出して階段を駆け下りる。荷物も持たずに。―ただ、このときのあたしの失態がひとつ。―由紀と水口の家は隣同士だから、二人はきっとすぐに来る。そう、そのはずなんだ。どうして私はそのことにすぐ気付かなかったんだろうと思う。・・・私馬鹿?――とにかく、降りていくと、そこには、。


物凄い音に驚いた顔をした、水口と本田が。


(そうか、水口幼馴染みだからそのまま入ってきちゃうんだ・・・)
どうしよう、と思うよりパッと顔を逸らして走り出す。こんなの―・・・つかまるに決まってるのに。
(馬鹿だ、私・・・)



「桜ちゃん?!」
「木川?!ちょっと待てよ!」


すぐに、腕を掴まれる。強く。私はどうしたらいいかわからずに、おかしい、決心はした、はずなのに・・・。

―涙が出そうになる。気持ちが溢れて、壊れてしまいそう。

怖くて仕方ないよ。



どうして?




本田の力強いその手に、私はまた魅かれてる――――。




「・・・はあっ、なんで・・・っ?」
「・・・」
「どうして、急に!由紀に急かされたから?!」


本田は黙ったまま。
なにか、答えて欲しい。そうじゃないと、本当に、



私は、君を、責めてしまうよ・・・。



「桜ちゃん、」
「・・・っ、水口」

ハッとした。水口がいることすら忘れるほどに我を失っていたようだ。溢れる涙は止まらなくて、それ以上言葉を口にすることができない。そんな私の様子を水口は察したのか、苦笑して頭を撫でて言った。
「俺は、由紀と上にいるから」
階段でその様子を見ていた由紀と、目配せして。ポン、と本田の肩を軽く叩いて階段を上っていった。





「・・・」
「・・・」





水口が上っていった後の静かな沈黙は痛い。どうして私たちは、こんな風になってしまったんだろう。もっと、もっと。関わりが深くなる前に引いておけばよかったの?親友なんて、無理なことだったの?
今は、水口と由紀の関係がとても羨ましい。幼馴染みと言う関係は、小さい頃から由紀のことがすきだったという水口にとっては辛いものだったかもしれない。でも、今みたいに目で分かり合える、気まずくならない、限りなく近い家族のような関係なら、―――――――――――私たちはこんな風にはならなかっただろう。

でも、もう戻れないし、私たちは幼馴染みでもなく、家族のような関係でもない。
親友なんて飾りのようなものだ。
一瞬で崩れ落ちてしまう。





―私は、本田がすきで。

本田は・・・、私のことを、どう思っているんだろう。


わからないから、苦しみ続けた。涙も流した。ぶつかり合った。


静かな沈黙を、本田が破る。




「・・・・・・木川、」


「聞いて欲しい、ことがあるんだ」




これで崩れることなんてない、って。
ちゃんと信じている心が私のどこかにあって。



本当に、私って馬鹿。







「―――うん、話して、下さい。」