「・・・だから、ね?私と本田はアンタたちが言うような関係じゃないの!」

そのとき、体育館裏はまさに修羅場と化していた。




エトセトラ ♯2




(何・・・やってんだあいつら・・・?)

丁度俺は体育館の横を通ろうとしていた。通っている途中、親友である木川桜の叫び声が聞こえたので行ってみると、そこには数人のクラスメイトに囲まれている彼女が居た。そしてそこは、まさに“修羅場”だった。

「だーかーら!私と本田は付き合ってないって言ってるでしょ?!それともアンタたち私と本田が付き合ってるって認めさせたいの?!大体本田のこと好きなんだったら本人に言えば良いじゃない!私に言ったって何も変わりゃしないのよ!!」


はぁはぁと肩で息をして、クラスメイトたちを睨む木川を見て、率直にすごい、と思った。同時に、まさか木川がこんな目にあってるなんて、とも思う。



俺は 知らなかったから。



少しの沈黙のあと、痺れを切らしたリーダー格の女が木川を思い切り突き飛ばした。俺は驚いて飛び出しそうになった。

― が、木川の様子はさっぱり変わらず、彼女たちを睨んだままで。

木川は、どれだけ強いのだろうか。あれだけ仕打ちを受けていても・・・いや、きっと今までもこのようなことがあったんだろう。所謂“慣れ”というものなのか。



「ったぁ・・・何すんのよ?!」
「大体木川さんちょっと調子に乗りすぎじゃない?」
「そうよ!秀一と付き合ってるわ生意気言いすぎなのよ!」
「付き合ってないし。生意気言ってるつもりも無いし」
「・・・っ・・・!何なのよ、アンタ!!」

「オイオイ・・・」
俺は思わず声を出していた。このままだと、手を上げてしまいそうだ。


「・・・!」

そんなことを思っている間に、彼女は大きく手を振り上げている。

俺は飛び出して振り上げる彼女の手を止めた。これ以上見ているだけではさすがの木川も危ないだろう。





「お前ら、人の親友に手をあげようなんていい度胸してんじゃねーか」
「しゅうい、ち・・・?!」
「本田…!」
「なあ、何やってんのお前ら?」

俺は手を上げようとしていたクラスメイトたちに笑顔を向けていた。

― 自分でも不思議なくらいに腹が立つ。


「答え次第にはこの手・・・どうなるか分かってる?」
「え・・・。・・・っ!」
握る強さを強めては彼女たちを見た。全員が全員、血の気の引いた顔をして。



「・・・っいた・・・っ」
「ちょ、ちょっとやめて、本田!」


木川が急に声を上げて俺を止めたので、驚いて握る力が弱まった。

「木、川・・・?」
「良いから、離してあげて!」
「あ、ああ・・・」

俺が腕を離すのを見ると、木川は立ち上がって制服に付いた砂を払い、俺の右手を掴んで引っ張る。「行くよ」― 少しトーンの落ちた低い声だった。


「ちょ、待ちなさいよ!」
「何?これ以上何か用でもあるって言うの?」

呼び止めた相手に冷たい言葉を発す木川に彼女たちは黙り込んでしまった。木川は思い切り彼女らを睨んで、ずんずんと進んでいく。






「本田・・?」
「ハイ」
「何で、来たの」
「え、イヤ、帰ろうと思って体育館の横通ったらお前の叫び声聞こえたから」
「・・・」


木川は少し俺を見て、大きく溜息をついた。その時木川は俯いて俺には聞こえない声で何かを言っていたようだったが、俺の耳には届かなかった。


「き、かわ?」
「本田、あのね」
「あ、ストップ」

何かを言い出そうとする木川の口に、人差し指を当てて止める。え?―そんな顔をする木川を見て笑う。

「説教はまた今度!とりあえずこの手、離してくれると嬉しいんだけど」
「へ」


思わず。そんな感じで握っていたであろう俺の右手を木川は慌てて離した。少し赤くなって俯いた木川の頭をくしゃ、と撫でてまた笑う。

「ご、ごめん」
「いいけど、別に」
「〜・・・」
「木川、さぁ」
「?」
「何で?さっきみたいなこと今までもあったんだろ?」
「!」
「何で、言わなかった?」
「・・・」

黙ったままの木川を見てイラついた。言葉を探しているのか、答えたくないのか。それは分からないが俯いたまま彼女は黙っていた。

「―・・・っ」
「え、や、本田っ?」


俺はイライラが募りすぎて木川を覆うように壁に手をつく。全然違う彼女と俺の身長の所為で彼女の顔には影が増したようで。大分火照りが消えた頬に、先程以上の火照りが戻った。更に困ったような、そんな目になる ― ひどく、切なくなった。




「ごめん、なさい」


震えた、耳をすまさないと聞こえないような小さな声。そして、口にした言葉は理由ではなく謝罪の言葉だった。

「ごめん・・・っ!」
「っ!木川?!」




木川は俺を突き飛ばして走っていく。
どうしてかはさっぱり分からなかった。








分かったことは ひとつだけ。










あの辛さとすれ違い。








それが、また ―・・・。