「・・・またなの?」
「ごめんなさい・・・」




エトセトラ ♯3




本田から逃げて急いで向かったのは自宅ではなく、由紀の家だった。私の顔を見て一気に不機嫌になった由紀はそれ以降、一言も話さず私の話を聞いていた。

「と、いうわけなのです・・・」

はぁ ― 俯いた私の頭上から聞こえた大きな溜息。やっぱり、溜息つかれましたよ。わかってましたよ。だって、 由紀だもん。


「あのね、桜」
「・・・はひ・・・」
「ちょっと待ってて」
「え?」
「洋介、呼んでくるから」



こういうことは私より洋介よ ― そんな言葉を残して、由紀はトントントントン・・・と階段を降りていく。・・・そりゃ確かにアドバイスとかは水口の方が上手いとは思うけど・・・水口、恋愛関係苦手なんじゃないのか。


「・・・」


・・・・・・。



「・・・あ、れ・・・?」
何かに疑問を覚えた。

私、本田のこと親友として見ていたはず。

それじゃ、この場合『恋愛』じゃなくて『友情』なのに。




トントン・・・トントン・・・
階段を上る二人分の音が聞こえてくる。さすがお隣。早いはずだ。

複雑な気持ちが入り混じった中で、そんなことをふと思う。


ガチャ、という扉が開く音が聞こえてその後に由紀と水口が入ってきた。
「連れてきたわよ」
「あ、うん・・・」
「大体のことは由紀から聞いたから。大丈夫?桜ちゃん」
「・・・あの、ね」
「うん?」
「どう、しよう」
「え・・・」
「ちょっと桜、」
「待って由紀。桜ちゃん、どうかした?」


だんだんと、溢れていく涙。
分からない。   すき、なんて。
ぎゅっと固く口を結び、拳を握り締める。
ぽろぽろと流れていく涙に水口も由紀も驚いた顔をした。

止め処なく流れる涙。
その雫は冷たくて。

すると、ポンと頭に置かれる手。
一瞬由紀の手かと思ったけれど由紀の手にしては少し大きかった。
見上げて見ればそれは由紀の手ではなく水口の手で。
じっと顔を見ると水口は笑った。



― あ。似てる。  本田と。



「秀一が何で言わなかったのかって聞くの、分かるな」
「え・・・?」
「桜ちゃんて守ってやらなきゃって感じの子だから」
「へ」
「秀一も“ただの親友”としてそういう風に思ってはいないとは思うけど」
「まあね」
「だろ?」



由紀の冷ややかな声。

そして

水口のやさしい声。




私はどれだけこの二人に救われてきたんだろう。


「っと、桜ちゃん。ここまで言えば分かる・・・よな?」
「分かる、よ?」
「なら・・」
「けど、まだ分からない」
「・・・何がよ?」



「私が本田をすきかなんて、まだわからないもの!」



口を先程以上に固く結んで二人を見た。
そしたら二人は顔を見合わせて思い切り笑った。


「ほらね。大丈夫」
「ああ、もう大丈夫だな」

「でも」

「「ん?」」




「ありがとう」




言うと、二人は笑った。
二人はやさしい。こんなにも迷惑をかけているのに。






嬉しくて、涙が流れた。


やさしくて、あたたかい涙。








ありがとう。