多分彼女なりに悩んだ結果なのだろう。
一日経って親友から話を聞いたときには思わず脱力してしまった。

すれ違い、元に戻って、またすれ違う。
男女の友情というものは、酷く分かりにくい―。




エトセトラ ♯4




「わかんねー・・・」

ぼそり、呟いた言葉に親友は『あー・・・?』と掠れ声をあげた。そう、まるで“お前だけじゃない”とでも言うかのように。どうやら、親友である水口洋介もそうだったようだ。


「ねえ由紀、一日目何だっけ・・・?」
「んなもん忘れたわよ」


少し遠くのほうから聞こえた声は、彼女だった。万年学年二位で、その親友は主席らしく。木川は普通に勉強しているようだがその親友である小波は全くしていないみたいだ。  じっと見ていると小波と目が合って、ふっと笑われた。慌てている俺を見てなのか、木川とのことなのか、それとも。

「ちくしょー・・・由紀の奴余裕そうにしやがって・・・」


こいつの、ことなのか。

何だか全てに対して笑っている気がして、少しだけ腹が立った。






―俺たちの様子を見ればわかるかと思うが今、全学年がテストを控えている。・・・要するに、俺にとっては悩みやもどかしさを抱えたままテストに挑む、ということで。小波や木川みたいに学年一桁、しかもその中でもトップの方の奴ならともかく、俺や洋介みたいな中の下である奴には大慌てな時期だ。

学年二位の木川でさえあんなにも慌てている程、うちの学校のレベルは高い。それでも慌てた素振りなど微塵も感じさせない小波は一体何なのだろうか。



兎にも角にも、今は木川との問題は解決出来そうにない。




「・・・あれ」
「どうした?」

ずっと黙ったまま教科書と睨めっこしていた洋介が急に口を開いた。その声に俺は教科書から目を離す。


「由紀、と・・・あれって・・・」
「石井じゃん」



洋介の見つめる先を見ると、クラスでも顔は良いとされる男・石井と話している小波が居る。しかも、何だか普通に話している雰囲気ではないようで。・・・所謂、呼び出しというものだろうか。

「あ、出てった」

石井と小波は二人で教室を出て行く。その後に木川も教室を出て行った。― 覗きか・・・。  洋介も俺と同じことを考えていたらしく、にぃっと笑うと教室を出た。










*  *  *











「呼び出しってことは、あれだよな?」

小波と石井は裏庭に向かっていたようで、俺たちも順々に続いていく。もう少しで着く、といったところで俺は小声で洋介に聞いてみた。

が。


―血の気の抜けた顔。
不安などが入り混じった顔でただ前を見て歩く洋介。そりゃあ、好きな奴が男に呼び出されたら血相も変えるだろうけど。このままじゃ全く人の話を聞かなさそうだ。



・・・ので、後ろから思いっきり殴ってみた。



「・・・〜っ?!」
「起きたかー?」
「せめて、もう少し優しく起こしてくれ」
「それじゃ絶対に起きねぇだろ、お前」

それはそうだけど、そう言ってまた前を向きなおした洋介にアホ、と呟く。裏庭に着いては木川や二人に見えない位置を選び、じっと二人を見た。



「やっぱりなぁ・・・」
「まぁ、小波美人だし」

落ち込んで座り込んだ洋介を横目で見て、また視線を戻すと、少し危険な状態になっている。危険な状態というか、・・・迫られているのだろうかあれは・・・。


「洋介」
「何」
「ヤバい、だろ・・・あれは・・・」
「は?・・・て、うわ」
「・・・あーあ・・・」


― 抱きしめられている、小波が。
彼女も随分と抵抗してはいるようだが、相手は男。跳ね除けられる訳もなく、しっかりと石井の腕の中に収まっていた。あの状況より、隣りの親友の方がヤバいと感じる。振り向いた先に、その親友は居なくて抱きしめられている小波と抱きしめている石井の方へ歩いていた。

「・・・オイっ、洋介!!」

小さな俺の叫び声に振り向きもせずにズンズンと進んでいく洋介の後ろ姿は・・・最高に怖い。 “あー・・・”と思いながら俺は頭を抱えて、それと同時に―




― ドスっ




― 鈍い音がした。一瞬だけ沈黙があって、慌てて『洋介・・・?!』という小波の声がする。


「・・・洋介じゃん」
「あ?」
「何?何でそんなに怒ってんだよ?」



分かっているくせに、口元を歪ませて石井は笑った。その様子に腹を立てたのだろう、洋介はもう一度殴りかかろうとしたが、それはままならなかった。

殴ろうとしたところを小波が腕を止めたから。

そしてその手はそのまま振り上がってはパシン、と大きな音を立てて石井の頬に当たる。俺や、洋介も勿論驚いていたが一番驚いていたのは石井で。しばらく呆気に取られてどうしようもない状態で固まった。


「ごめんね、石井」
ゆっくりと、苦笑とも言える微笑みを浮かべてその言葉を口にした。石井はまだ呆気にとられたままで、小波の言うことを理解するのには時間が掛かったようだった。

「あ、ああ、うん」
「ちょっと洋介と話があるから…良い?」
「こっちこそ悪いな…本当、ごめん」
「・・。良いのよ、別に」

洋介はボケっと二人のやりとりを黙ってみている。数十秒後、石井の姿が見えないのを確認すると、きっと小波は睨みつけてただ、一言怒鳴りつけた。




「馬鹿!!」




その言葉にはきっと洋介のみならず木川や俺も驚いていただろう。― どうして、怒鳴る必要があるのだろうか? ― 彼女を助けただけだというのに。


「・・・ホント馬鹿よ、あんた」
「何でだよ!」
「助けてくれたのは良いわ、嬉しかった。けどね。もうちょっと方法ってもんがあるでしょ!」
「んな・・っ結果的にはお前も同じようなことしたじゃねぇか!」
「あんなことあんたがしなきゃ私だって手なんか上げなかったわよ!」


彼女 ― 小波が、余裕を無くし始めているような気がするのは気のせいなのか・・・?心なしか顔も赤いし、・・・普段の彼女らしくない。







「・・・誰だってすきな奴が抱きしめられてるとこ見たら取り乱・・・す・・・」




じっと二人の声を聞きながら考えていると、聞こえてきたのはそんな言葉。― どうやら、言ってしまったらしい。― とは言え、流石に彼女も気付いてはいただろうけど。

洋介の顔は一瞬青ざめて、それから真逆の色へと変わっていった。彼女の顔はいつのまにかいつもの顔に戻っていて“ふーん”と言いたげな顔をしている。それでもその顔は少し悲しそうだった。そう、まるでこのあと『ごめん』とでも言うかのように。


静寂があってから、先に口を開いたのは小波の方。けど、彼女の瞳には少しの陰りが見えた。


「洋介」
「・・・ご、ごめん」
「うん、そうじゃなくって」

俺が予想していた言葉を先に言ったのは洋介だったが小波の顔は変わらない。

「私も、洋介のことは好きよ、だけど」
「・・・っ!」
「今は・・・そういう風には、見れない」
「え・・・?」


「きっと、洋介のすき、とは違うと思うの」

『ごめん』そんな言葉は一つだって吐かずに彼女は洋介の好意を断った。彼女は、遠回しだと思う。“断る”という選択をする限り、傷つかない人はいない。そのことを重々承知の上でそれを選択し、あえて傷つけまいとした。

実は、彼女は木川よりも洋介よりも、勿論俺よりも優しいのかもしれない。





― 俺は二人を見ていられなくて踵を返して立ち去ろうとした。でもそれは叶わなかった。何故なら、立ち去ろうとした瞬間に聴き覚えのある声が聴こえたのだ。

・・・止まらずに、なんていられない。




「・・・本田?」
「木川・・・」

互いの親友たちの問題が片付くと同時に、自身の問題も片付くのではないのかと、二人とも考えただろう。







けれど、その考えでさえ甘かった。



それがきっかけで俺たちの関係は親友より悪いものに発展していった。




そして、そのときは気付きもしなかった。





互いの存在がこんなにも深いものになっていっていることを ― 。