何がどうなって、こうなったんだろうか。


それが分からなくてどうしようもない状態を保っていた。




エトセトラ ♯6




「わけわかんねぇ」
「・・・何のことだよ・・・」
「・・・洋介」

悩みはせず、ただ気にすることしか出来なくて一夜が明けた。気が向かないまま珍しく早めに家を出た俺は今、まだ生徒が少ない教室に居る。


俺の席は窓際の一番後ろ。


彼女の席が俺の席とは離れてあるのが幸いだった。・・・事実、俺の前の席にはその親友の小波由紀がいるのだが。



「で?何なわけ?」
「・・・わかんねぇ。昨日あれから木川と会って、・・・色々あったっていうか」
「あー・・・」


洋介はまたか、という声をしながら答えた。俺にもよくわからない、わからないから今まで以上にどうしようもないのだ。

「・・・バイバイ、って言われましたよ」
「・・・ふーん」

・・・何だか、洋介も心此処に在らずって感じだ。・・・ああ、そうか。―洋介は昨日、小波に告白したばかりだった。

こいつはこいつで、いっぱいっぱいなんだ。




「転校生、来るんだって。知ってる?」
「由紀、」
「おはよ、小波」
「うん、おはよ」

見る限りでは小波は普通だけども。仲直り・・・というには程遠いけれどまだぎくしゃくしない程度にはなったらしい。それを見て―素直にいいな、と感じた自分がいる。

・・・何で、こうなってしまったんだろう。

「・・・っていうか、転校生?」
「珍しい時期に来るな・・・」
「そうよね。受験前で大変なのにね」
「「・・・」」

お前が言うな、俺と洋介がそんな顔をして黙った。小波は学年一位で普段から余裕な顔をした頭の良い奴・・・なわけで。そういうことを言われると正に嫌味だろ、と言いたくなる。


「・・・何よ」
「お前が言うな、お前が」
「私だって勉強してないわけじゃないのよ?」
「それくらいわかってるっつーの。勉強しなきゃわかんねぇよ」
「まぁ、あんたたちほど足掻きはしないけど。」





・・・嫌味か。










*  *  *











「今日からこのクラスに入る、合月星杏さんだ」
「よろしくおねがいしますっ」

噂の君は明るそうな、悪く言えば鬱陶しそうな転校生で。その転校生・・・合月は俺の席の隣りへ来ることになった。

「・・・」
少しだけ気になって木川の方を見てみると、彼女はこちらへ見向きもしなかった。どうして、そればかりが頭の中でループする。はぁ、と溜息をつくと『本田くん?』と隣りから声が聞こえた。


「へ、」
「よろしくね?まだ慣れそうに・・・ないし」
「あ、ああ」

そう答えると彼女はえへへ、と照れながら笑う。にっこり笑うその顔は現在仲違いしている人物と重なった。





「何でだろうな」

嫌だったけれど、小波に言うしかなかったので前にいる彼女にぼそりと呟いた。俺の目はまだ、遠い木川に向けられているけれど。
「・・・仕方ないんじゃない、この状況じゃ」
「どーゆー意味」
「・・・。馬鹿って言われても仕方ないわね、本田」

いや、確かに言われたけれども。

小波が言うと腹が立つのは何でだろうか。


「だってわかんねぇし」
「・・・馬鹿」


あからさまに溜息をつかれた。―彼女の考えていることさえ、今の俺には分からない。








「―え、」

カサ、と机の上に何かが転がってきた。―それは、紙だった。―飛んできた方向を見れば、隣りの席の合月がにこりと笑う。何かと思ってそれを見てみれば癖のある女の子らしい字で紙に一言だけ書かれている。


“付き合ってくれない?”



「・・・?!」

内容が内容だけに、驚いた。今日あったばかりなのにこんな事を言われても勿論困る。―その上、今の状況じゃ尚更。

「・・・」

少しだけ躊躇ってから彼女の書いた文の下に一言だけ書く。



“ごめん”



それだけを書いて、彼女の机に置いた。




「本田くん」

授業が終わってから洋介の元に行こうとしていたところを合月に呼び止められた。少し険しい顔をしながら、俺を見上げている。


「・・・何?」

どうして呼び止められたかは、わかっていたけれど。

「どうして?」

理由を聞かせて欲しいの、真っ直ぐな瞳で俺を捕らえながらそう言葉を続けた。


「・・・どうして、って」



言葉に詰まった。


どうしてと言われても普通じゃないのだろうか。彼女に一目惚れでもしない限り、それを受けるものは少ないと思う。



「・・・」


目を逸らすと小波と話す木川が見えた。笑うその顔がひどく懐かしい。

―この気持ちは、何と呼ぶ?



「・・・まぁ良いや、考えといてね?あたし、本気だから。」
黙ったきりの俺を見て、合月は少し悪戯そうに笑顔を見せて去っていった。






「・・・どーしたもんか、な」

どうしようもない想いは、消えてはくれない。
ただ、途絶えずに続くのだ。
初めて感じるものに違和感を覚えながら、好意を抱いてくれた相手に申し訳なく思った。


―この気持ちは、何と呼ぶ?



その感情を、まだ俺は知らない。