「・・・あ。」
「どうかした?」 「教室に数プリ忘れてきた。」 「・・・まったく・・・。取っといで。先行って待っとくから。」 「うん。ごめん。」 Precious Time -1- 友人の由紀を待たせて教室までの怪談を駆け上る。日頃の運動不足が反映しているのか、すぐに息が上がってきた。教室は3階。そう長くも無い教室までの道のりを小走りで進む。 「・・・あった。」 私は気付いて良かった・・・と心底ホッとする。立ってふと振り向くと、一人の男の子が私を見上げて座っていた。 「ずっとそこにいたの?」 「ああ。気付かなかったか?」 「全っっく。」 「あっそ。」 そこにいたのはクラスメイトの本田秀一だった。普段めちゃくちゃ騒がしいクラスのムードメーカー。名前には似合わないその性格のおかげか、クラスどころか学年でも有名だった。そんな本田がいたのに気付かなかったのはきっと、人目に付かない場所に本田が座り込んでいたからだろう。私は本田の前にしゃがみこんで話し掛けた。 「そんなとこで何してるの?」 「・・・別に。」 (そんな曖昧な答え・・・わからないっての。でも・・・) 凄く不思議に見えた。何かがいつもと違う。 「お前は?」 「数プリ取りに来た。」 ふーん。と本田は興味無さそうに教室を見上げた。私は私で本田の横に腰かける。 「珍しいよねー。」 何の前触れも無く話を始める私に驚いたのか本田は“はあ?”と私の方を見る。今のは率直な意見なんだけどな。そんな本田を見てクスリ、と笑い、話を続けた。 「普段あんた無意味に煩いじゃない?」 「・・・」 「そんな辛気臭い顔してるトコ初めて見たわよ?」 「うるせぇよ。」 「ねえ、もう1度聞かせてよ。」 「ああ?」 「何でこんなトコにいるの?」 「・・・」 「答える義務は無いって言いたいの?」 「・・・」 「ねえ、何でー?」 「・・・・・・・・・・だよ。」 「え?」 「・・・・・・・たんだよ!」 「え?最初の方聞・・・・・」 「フラれたんだよ!!」 本田は立ち上がって私を見下ろし、大声で言った。とても辛そうな顔。少しだけ、泣きそうな顔。驚いた顔で本田を見ると私はクス、と笑った。 「・・・悪ぃ。」 「別に構わないけど・・・それで、此処で泣いてでもいたの?」 「んなわけねぇだろ。」 笑顔で言う私に怒りながら言う本田。少し俯いて、本田はまた座る。 (本当にこんな本田、初めて見た気がする・・・。) そう思いながら私は瞳を閉じて本田に話し掛ける。 「泣いてないんなら、泣けば良いじゃん?」 「泣かねぇよ。」 「私は目、閉じてるから。ね?」 「・・・・泣かない。」 「我慢しなくて良いんだよ?」 「我慢なんて・・・」 「してるでしょ?」 「・・・・・・・・・・・・・・・っ・・・・・」 声を殺しながら泣いている。 私も思わず涙を流していた。 (もらい泣き・・しちゃった・・・。) 私も瞳を閉じながら、静かに涙を流した。 ねえ、本田? 涙が枯れたら、いつも通りの笑顔でいてよね。 |